柏ハルエさん、昭和初期に大阪松竹少女歌劇団の
男役スタートして活躍された方です。
今写真を見ても、惚れ惚れするかっこよさ。
どんな方だったのか調べたことを紹介します。
柏ハルエのwikiプロフィール
柏ハルエさん、
本名はどうやら柏晴江さんというようです。
お生まれは、
1913年(大正2年)11月16日ということ。
笠置シヅ子さんよりも
年齢は1歳上になります。
夕陽ヶ丘女学校を中退して
昭和4年に松竹学劇部に入部しています。
この夕陽ヶ丘女学校の前身は、
大阪府立島之内高等女学校です。
1909年に夕陽丘に移転し、名前を大阪府立夕陽丘高等学校に改称しています。
この学校を卒業した有名人の中には、
日本初の女性弁護士となった久米愛さん、
ハルエさんよりも20年ほど年下になりますが
女優の有馬稲子さんなどがいます。
そんな名門の学校を途中でやめて
松竹楽劇団に入ったということは
よっぽど、歌や踊りが好きだったんだろうなと思います。
柏ハルエは男役スターとして大人気!
柏ハルエさんは、
笠置シヅ子さんの1年後に粗油竹楽劇部に入部しました。
スターを夢見て活動していた最中
昭和8年に「桃色葬儀」と言われる、
楽劇部員たちが待遇改善を訴えて起こしたストライキにより
一旦は舞台活動を中止します。
この「桃色争議」は世論に波紋を呼びましたが、
最終的には、部員たちの言い分が通り勝利して終わります。
とはいえ、会社側としては
騒ぎを起こした人物をやめさせるという手段を取ります。
そのため、松竹楽劇部のスターであった
飛鳥明子さんが退団してしまうのです。
トップスターがいなくなった楽劇部を盛り上げたのが、
柏ハルエさんや笠置シヅ子さんたちです。
柏ハルエさんは、
松竹楽劇部が再起を図って改名した
「大阪松竹少女歌劇団」の第1回公演で
男役として主演し、大喝采を浴びたのです。
その公演の名は、
「カイエーダムール」。
コロムビアレコード会社とタイアップした公演は
大々的な宣伝効果もあり、大好評だったようです。
当時は、
同じく「桃色争議」で波乱を招いた
水の江滝子さんが東京で華々しく活躍していたこともあり、
柏ハルエさんは西のターキー(水の江さんの愛称)として
売り出されたんですね。
柏ハルエはレコードも出していた!
柏ハルエさんは、
1936年に「ふるさとの唄」という舞台に
出演されました。
主人公のアンジェラ(芦原千津子さん)の兄ジャン役で
闇に生きる男なんです。
まあ、ストーリーは飛ばしますが、
その中で
芦原千津子さんと一緒に
「ふるさとの唄」を歌っています。
こちらは、レコード化もされているので、
歌手デビュー?していたってことですね。
ちなみに、前出の「カイエ・ダムール」でも
レコードを出しており、
そのB面を歌ったのが笠置シヅ子(当時は三笠シヅ子)さん
だったということなんですよ。
本当に、大人気だったんだろうなあと思います。
柏ハルエの子供、孫は誰?
さて、柏ハルエさんのプライベートも気になります。
しかし、資料が見つからず、
その後の柏ハルエさんについては
現在は全くわからない状況です。
資料を探しているところなので
何か情報が見つかったら追記しますね。
柏ハルエさん、
当時の麗しい姿を見てみたいものです。
読んでくださり、ありがとうございました。
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